三十を過ぎて、はじめて拳を握る

畳は逃げません。
この文章は、三十代から四十代で、格闘技をやったことがない方に向けて書いています。運動部の経験もなく、ここ数年で走ったのは駅の階段だけ。そういう方です。
私はこれまで、陸上自衛隊、警察、フランス外人部隊と、三つの組織で身体を動かしてきました。そのどこでも、いちばん伸びたのは若い人ではありませんでした。伸びたのは、遅れて入ってきて、恥をかきながら続けた人です。
空手は2021年の東京オリンピックで、正式競技として実施されました。長く一部の人のものだった武道が、世界の共通言語になった年です。
もし、あなたが「今さら」と思っているなら、この先を読んでください。その「今さら」が、どこから来たのかを書きます。
今さら、と思っている方へ、もう少しだけ

- なぜ「三十代から四十代の未経験者」だけに絞って書いているのか、疑問に思われたでしょうか。 理由は単純です。十代の経験者と、四十歳の未経験者では、最初の三か月で必要な言葉がまったく違うからです。前者には課題を出せば足ります。後者には、稽古の前に、なぜ自分がここにいるのかを言葉にする時間が要ります。私はその時間を惜しみません。
- 運動経験がないことを、恥ずかしいと感じておられませんか。 その感覚は、道場に入って三回目には消えます。理由は、全員が同じ方向を向いて同じ動きをしているからです。誰も他人を見ていません。見ているのは自分の足の位置です。人と比べる材料が、そもそも畳の上には置かれていません。
- 「若い頃にやっておけばよかった」と思ったことはありませんか。 私も同じことを何度も思いました。ですが、若い頃の私は、動く理由を外から与えられていただけです。命令があったから動いた。自分で決めて畳に立つことは、二十歳の私にはできませんでした。今のあなたにはできます。
- 身体が硬いことを理由にしていませんか。 空手の基本稽古に、開脚も前屈も含まれていません。必要なのは、腰を落とすことと、床を蹴ることです。硬い人は硬いなりの高さで立ちます。三か月経つと、勝手に低くなります。柔らかくしてから来る必要はありません。
- 三つの組織を経てなお、私が空手を選んだ理由をご存じでしょうか。 自衛隊にも警察にも外人部隊にも、体系立った訓練がありました。しかしどれも、辞めた瞬間に消えます。組織を離れても手元に残ったのは、一人で畳に立てる形だけでした。だから私は、その形を教えています。
- 道場に通う人の年齢層が気になりませんか。 私の道場では、はじめて畳に立った方の多くが三十代以降です。二十歳の学生の隣で四十五歳が同じ型をやっています。年齢が混ざると、上手い下手が年齢と結びつかなくなります。それが、大人が続けられる条件のひとつです。
- 「強くなりたいわけではない」と思っておられるなら、それは正しい入り口です。 強さを目的にすると、比べる相手が要ります。比べる相手がいる限り、続ける理由は他人任せになります。私が教えているのは、他人がいなくても成立する動き方です。目的が違っても構いません。
- 時間が取れないと感じておられませんか。 稽古は一回九十分です。週に二回で、三時間。テレビを見る時間より短いはずです。問題は長さではなく、その三時間が予定表のどこに入るかです。入る場所が決まれば、時間は勝手に空きます。
- 家族に反対されるのではないかと、心配されていませんか。 実際に多いのは反対ではなく、興味です。道着を持ち帰った週末、子どもが「見せて」と言います。配偶者が体験に来ることもあります。始める前に想像する反対と、始めたあとに起きることは、たいてい違います。
- この文章が誰に向いていないかも、書いておきます。 三か月で試合に勝ちたい方、短期間で体重を落としたい方には向きません。私が扱えるのは、もっと遅くて、もっと長く残るものだけです。速さを求めておられるなら、別の場所のほうが早いはずです。
言葉になっていない部分を、書き出します

鏡は正直です。
あなたが本当に困っているのは、体力ではないはずです。困っているのは、自分で決めたことを自分で守れなくなったことです。ジムの会費は引き落とされ続け、月曜に決めたことは金曜に消えている。誰にも迷惑をかけていないから、誰にも叱られません。
私にも同じ時期がありました。外人部隊を出て、身体を動かす理由がなくなった数か月です。走る距離が短くなったのではなく、走り出す日が来なくなった。あれは、体力の問題ではありませんでした。
スポーツ庁の世論調査でも、運動をしない理由の上位には「仕事や家事が忙しい」が並びます。時間が足りないのではなく、優先順位が下がっているのです。
そして、その順位を上げる方法を、たいていの人は逆から探しています。
言い当ててみます

- ジムの会費を、何か月払い続けているか把握しておられますか。 把握していない方が多いはずです。金額の問題ではありません。把握したくないから見ないのです。見れば、自分との約束を破っている月数が数字で出てしまう。その数字を見ないために、明細を開かない。そこが本当の痛みです。
- 月曜の朝に決めたことが、金曜には消えていませんか。 消える理由は意志の弱さではありません。決めた内容に、時間と場所が入っていないからです。「今週は運動する」には予定表に書ける情報がありません。「火曜十九時、あの畳」には書ける情報があります。決め方の問題です。
- 健康診断の結果を、封を切らずに置いていませんか。 数値そのものより、開いたあとに何かを決めなければならないことが重いのだと思います。決めれば、また守れない可能性が生まれる。守れない自分をもう一度見るくらいなら、開かないほうが楽です。私も同じことをしていました。
- 階段で息が上がったとき、周りを見ませんでしたか。 見られていないかを確かめる、あの一瞬です。あれは体力の問題ではなく、自分の像が崩れる瞬間です。頭の中の自分は、まだ二十代の身体をしている。その差に気づいた瞬間が、いちばん痛い。
- 夜、寝る前にスマートフォンを持ったまま一時間経っていませんか。 疲れているのに眠れない。眠れないのに、身体は動かしていない。動かしていないから眠れない。この輪は、意志では切れません。切れるのは、外から強制的に身体を動かす時間が入ったときだけです。
- 「痩せたい」と口にしながら、本当は別のことを望んでいませんか。 体重は測れるので、目標にしやすい。しかし三キロ落ちても、多くの方は満たされません。望んでいるのは数字ではなく、自分を持て余していない感覚のほうです。測れないので、つい体重にすり替えます。
- 日曜の夕方に、理由のわからない重さを感じませんか。 明日が来ることそのものが重い。仕事が特別つらいわけでもない。この重さは、一週間のうちに自分で決めて動かした時間がゼロだったときに出ます。動かした時間があると、同じ日曜でも重さが変わります。
- 同僚との飲み会で、昔の話をする回数が増えていませんか。 学生時代の部活、若い頃の失敗。楽しいから話しているようで、実は今の話題が減っているだけかもしれません。今週やったことに、話す価値のあるものがない。それは能力ではなく、予定の中身の問題です。
- 鏡を見る時間が、短くなっていませんか。 髭を剃るときも、視線は顎から下に行かない。無意識に避けています。避けているものは、たいてい正確に認識されています。見ていないのではなく、見たあと何もできない自分を見たくないだけです。
- ここまで読んで、少し不愉快になっておられるかもしれません。 それで結構です。私はここで何かを売るつもりはありません。言い当てられて不愉快になるのは、当たっている証拠です。外れていれば、何も感じずに読み飛ばせます。感じたのなら、次を読む価値があります。
道場について、思い違いされていること

順番が逆です。
空手は、強い人がやるものだと思われてきました。無理もありません。私たちが見てきた道場の光景は、寒稽古と、水を飲ませない指導と、拳のタコでした。あれは、限られた期間に、限られた若者を鍛えるための形です。
私が三つの組織で学んだのは、鍛えるとは追い込むことではない、ということでした。外人部隊で長く残ったのは、いちばん体力のある男ではありません。毎朝、同じ時間に同じことをできる男でした。
中学校の保健体育では、2012年度から武道が必修になりました。国が武道に見たのは、勝ち負けではなく、礼と所作を学ぶ枠のほうです。
空手の稽古は、繰り返す形があらかじめ決まっています。突き、受け、立ち方。決まっているから、迷わずに済みます。
強くなるから続くのではありません。続くから、結果として強くなるのです。
思い違いを、ひとつずつ

- 「道場は厳しいところだ」という印象は、どこから来たかご存じでしょうか。 多くは漫画と映画です。そして、実際にそういう時代もありました。ただしあれは、若い競技者を短期間で仕上げるための形です。目的が変われば形も変わります。私が扱うのは、四十年続けるための形のほうです。
- 水を飲ませない指導を、なぜ昔はしていたと思われますか。 根性のためではなく、単に知識がなかったからです。今はスポーツ庁も各競技団体も、水分補給を明確に指導しています。変わったのは精神論ではなく、情報です。情報が変われば、道場のやり方も変わります。
- 正座と礼を、形式的なものだと思っておられませんか。 私は逆に考えています。畳に上がるときに一度止まる。この「止まる」が、外の時間を切る仕組みです。仕事の続きを持ち込んだまま突きを打っても、身体は動きません。礼は精神論ではなく、切り替えの装置です。
- 「型」は古臭いと感じておられませんか。 型は、決められた順番で身体を動かす記録です。順番が決まっているから、疲れていても迷わずに始められます。自分でメニューを組む必要がない。これは、意志が弱い日ほど効きます。古いのではなく、外部化された仕組みです。
- 痛いのが怖い、と思っておられませんか。 未経験の方が最初の数か月で行うのは、基本稽古と型です。相手と組む稽古は、受け身と間合いが身についてからです。順番が守られている限り、痛い場面はほとんど来ません。怖さは、順番を飛ばしたときに生まれます。
- 強さとは何かを、定義したことはありますか。 私は三つの組織で、力の強い人も、判断の速い人も見てきました。最後に残ったのは、どちらでもありません。同じことを続けられる人です。定義を変えると、あなたが今いる場所も、目指せる場所も変わります。
- 「才能がないから」と思っておられませんか。 才能が効くのは、上位を争う場面だけです。基本稽古の反復に才能はほとんど関係しません。関係するのは出席日数です。身も蓋もありませんが、私が見てきた範囲では、これが最も強い相関でした。
- 道場に入ると人間関係が面倒になる、と心配されていませんか。 稽古中の会話はほとんどありません。号令と、返事だけです。終われば解散します。飲み会も強制しません。関わりの量を自分で決められることは、大人が続けるための条件だと考えています。
- 礼儀作法を教え込まれるのが嫌ではありませんか。 私が求めるのは、畳に上がるときと降りるときの礼だけです。それ以外の作法を、大人に押しつけるつもりはありません。あなたは指導を受けに来るのであって、上下関係を学びに来るのではありません。
- 昔の道場と今の道場、どちらが正しいと思われますか。 どちらも正しいと私は考えています。目的が違うだけです。若い競技者を鍛える形は今も必要です。ただ、それは三十代の未経験者に当てはめる形ではありません。同じ空手でも、使う道具を変えます。
選ぶときに、本当に見るべきところ

基準を変えます。
道場を選ぶとき、多くの方は「強くなれるか」で測ります。その基準では、三十代の未経験者はいつまでも選べません。測るべきは、週に何回、決まった時間に身体を動かす場所を持てるか、です。
厚生労働省の「健康づくりのための身体活動・運動ガイド2023」では、成人に対して、筋力トレーニングを週2〜3回行うことが推奨されています。有酸素運動とは別枠での推奨です。自分の体重を支え、床を蹴り、腰を落とす。空手の基本稽古は、器具を使わずにこれを満たします。
私の道場が週2回の稽古を基本にしているのは、この推奨に合わせたからです。根性ではなく、公的な基準に合わせています。
続けられる形かどうか。選ぶ基準は、それだけです。
基準について、もう少し細かく

- 週2回という数字が、どこから来たかご存じでしょうか。 私が経験則で決めたものではありません。厚生労働省の身体活動・運動ガイド2023が、成人に筋力トレーニングを週2〜3回推奨しています。私はその下限に合わせました。上限ではなく下限にした理由は、続くほうを優先したからです。
- なぜ器具を使わない稽古を選んでいると思われますか。 器具に頼ると、その器具がある場所でしか稽古できなくなります。空手の基本稽古に必要なのは、畳一畳ぶんの床だけです。出張先のホテルでも、自宅の廊下でもできる。続ける条件を、場所に縛られない形にしておきたいのです。
- 月謝の額で道場を比べておられませんか。 額よりも、一回あたりに直した金額と、実際に通える回数を掛け合わせてください。安くても通えない場所は、結果として高くつきます。私が見ていただきたいのは価格ではなく、あなたの生活動線に入るかどうかです。
- 通う時間帯を、いつに設定するか決めておられますか。 私の道場が平日夜と土曜午前に稽古を置いているのは、勤め人の生活を前提にしているからです。会社を出る時間が固定されると、その日の仕事の組み立てが先に決まります。稽古が仕事の効率を上げる、という順番もあります。
- 道場の規模を気にされていませんか。 大きければ設備が整い、小さければ目が届きます。どちらが良いかではなく、あなたが未経験であることをどう扱うかです。私が一人あたりに割く時間を確保するために、一回の稽古の人数には上限を設けています。
- 指導者の実績を、どこまで確認されましたか。 段位や大会成績は確認しやすい指標です。ただ、それは指導力とは別です。私が申し上げられるのは、自衛隊、警察、外人部隊で、未経験の人間が形になっていく過程を三通り見てきた、ということだけです。
- 「まず自宅で筋トレしてから」と考えておられませんか。 その順番だと、たいてい始まりません。自宅には、始める合図も終わる合図もないからです。決まった時間に、決まった場所へ行く。この外側の枠がある状態から入るほうが、結果として早く定着します。
- 有酸素運動だけで足りると思っておられませんか。 ガイドでは、有酸素の身体活動と筋力トレーニングが別々に推奨されています。ランニングをしていても、筋力の枠は埋まりません。空手の基本稽古は自重で下半身に負荷をかけるため、この別枠のほうに入ります。
- 成果をどう測るか、決めておられますか。 体重や体脂肪率は、生活の他の要素に左右されます。私が見ていただきたいのは出席日数です。月に何回、畳に上がったか。これだけは、他人にも運にも左右されません。測れるものを測ると、続きます。
- 道場選びで最も多い失敗は何だと思われますか。 意欲が高い時期に、週四回通える場所を選んでしまうことです。二か月で息が切れ、行かなくなり、辞める理由を探し始めます。私が週2回を基本にしているのは、意欲が下がった月でも成立する下限だからです。
半年後に起きていること

靴紐を結びます。
半年後のあなたは、火曜の夜、鞄に道着を入れています。会社を出る時間が決まるので、その日の仕事の組み立てが変わります。帰りの電車で汗が引いていくころ、考えているのは翌日の予定です。前の週のことは、もう頭にありません。
道場生の一人は、四十二歳で始めました。半年経って変わったのは、体重でも帯の色でもありません。日曜の夜に憂鬱にならなくなったことでした。本人は理由を説明できませんでした。
世界保健機関の身体活動ガイドラインでも、身体活動は不安や抑うつの軽減、睡眠の質の向上と関連づけられています。
畳の上で起きることは、畳の外に出ます。
半年後の、具体的な場面

- 半年後の火曜、あなたは何時に会社を出ていると思われますか。 十八時三十分です。稽古が十九時だからです。出る時間が決まると、逆算して仕事を組む癖がつきます。これは意志の力ではありません。予定が入っているだけです。予定が、あなたの仕事のやり方を変えていきます。
- 帰りの電車での過ごし方が、どう変わるか想像できますか。 汗が引いていく三十分、あなたはスマートフォンを見ていません。見る必要がないからです。頭の中は、翌日にやることの順番で埋まっています。疲れているのに、頭は静かです。この状態は、稽古の日にしか来ません。
- 半年後の日曜の夜を、思い浮かべてみてください。 明日が来ることが、以前ほど重くありません。仕事が変わったわけではありません。一週間のうちに、自分で決めて身体を動かした時間が二回あった。それだけの違いです。理由は説明できなくても、重さは確かに減ります。
- 家で子どもに何かを見せる場面が、増えると思われませんか。 道着を持ち帰った週末、子どもが真似をします。あなたは正しい立ち方を教えます。教えるためには、自分が正確でなければなりません。子どもの前で構えるという場面が、稽古の質を静かに上げていきます。
- 健康診断の封筒を、どう扱うようになると思われますか。 その場で開けるようになります。数値が良くなるからではありません。数値が悪くても、今週やることが決まっているからです。開いたあとに何もできない、という状態から抜けると、封を切ることが怖くなくなります。
- 職場で姿勢について何か言われる場面を、想像できますか。 「背が伸びた」と言われます。伸びてはいません。腰の位置が変わり、肩が落ちただけです。立ち方の稽古を半年続けると、意識しない時間の姿勢が変わります。あなた自身は最後まで気づきません。
- 鏡の前での時間は、どう変わると思われますか。 長くなります。ただし見ているのは体型ではありません。肩の高さと、足の開き方です。見る目的が変わると、鏡は評価の道具ではなく、確認の道具になります。避けるものではなくなります。
- 眠りにつくまでの時間を、測ったことはありますか。 稽古の日は短くなります。世界保健機関のガイドラインでも、身体活動と睡眠の質は関連づけられています。ただ、あなたが実感するのはもっと単純な形です。布団に入って、次に気づいたら朝だった、という形です。
- 半年後、あなたは自分の出席日数を言えると思われますか。 言えます。私が月ごとに記録をお渡しするからです。二十四回のうち二十一回。この数字は、あなたが自分との約束を守った回数です。体重より、この数字のほうが効きます。
- 一年後に何が残っているか、考えたことはありますか。 帯の色は変わっているかもしれません。ただ、残るのはそこではありません。残るのは、決めたことを決めた日に実行した記録です。仕事でも家庭でも、この記録がある人とない人では、判断の速さが変わります。
手に入るものを、改めてまとめます

- 三十代から四十代の未経験者に絞った指導。年齢が混ざった道場で、上手い下手が年齢と結びつかない環境
- 陸上自衛隊、警察、フランス外人部隊という三つの組織で、未経験者が形になる過程を見てきた指導者
- 週2回、九十分の稽古。厚生労働省の身体活動・運動ガイド2023が推奨する筋力トレーニングの下限に合わせた回数
- 器具を使わない基本稽古。畳一畳ぶんの床があれば、出張先でも自宅でも同じことができる形
- 順番が決まった型。意志が弱い日でも、メニューを考えずに始められる仕組み
- 平日夜と土曜午前の稽古枠。会社を出る時間が固定され、その日の仕事の組み立てが先に決まる
- 一回の稽古の人数に上限を設けた、一人あたりの指導時間の確保
- 開脚も前屈も前提にしない稽古。硬い人は硬いなりの高さで立ち、三か月かけて下りていく
- 受け身と間合いが身についてから組む、という順番。痛い場面が来ない設計
- 号令と返事だけの稽古時間。終われば解散し、飲み会の強制もない関わり方
- 畳に上がるときと降りるときの礼だけ。それ以外の作法を大人に押しつけない方針
- 月ごとの出席日数の記録。体重ではなく、自分との約束を守った回数で測る基準
- 日曜の夜の重さが変わり、封を切れなかった封筒を、その場で開けられるようになる状態
- 立ち方の稽古を半年続けたあとの、意識しない時間の姿勢
- 道着を持ち帰った週末、子どもの前で構えるという場面
動作は一つです

無料体験稽古に申し込んでください。それだけです。
申し込むと、稽古日の候補をお伝えします。道着は不要です。動きやすい服と、タオルを持ってきてください。当日は見学ではなく、畳に上がっていただきます。立ち方と、突きを一本。それだけで、あなたの身体が今どこにいるかがわかります。
その日のうちに入門を決めていただく必要はありません。私からお声がけもしません。続けるかどうかは、身体が答えます。
今日申し込む理由は一つです。決めたことを守れなくなった、とあなたが気づいているからです。気づいている間に、身体を動かしたほうが早い。
畳は、いつでも同じ高さで待っています。
体験稽古の日について

- 当日、何を持っていけばよいか迷っておられませんか。 動きやすい服とタオル、それだけです。道着は不要です。買ってから来る必要はありません。買ってしまうと、合わなかったときに引き返しにくくなります。引き返せる状態で来ていただくほうが、私にとっても正確です。
- 見学ではなく畳に上がっていただく理由を、ご存じでしょうか。 見ているだけでは、自分の身体が今どこにいるかがわからないからです。立ち方を一つと、突きを一本。それだけで、腰が落ちるか、肩が上がるかが出ます。判断材料は、外から見た印象ではなく自分の感覚であるべきです。
- その日に入門を決めなければならないか、気にしておられませんか。 決める必要はありません。私から後日お声がけもしません。連絡を待つ間の気詰まりを、あなたに負わせたくないからです。続けるかどうかは、翌朝の身体が答えます。その答えのほうが正確です。
- 体験の日に、他の道場生と話す必要があるか心配されていませんか。 ありません。号令と返事だけで九十分が終わります。挨拶以上のことを求められる場面は用意していません。人と関わる量を自分で決められる状態から始めていただきます。
- 運動不足の状態で行って、途中で倒れないか不安ではありませんか。 体験の日は、基本稽古の一部だけを行います。呼吸が上がったら止めていただいて構いません。止めた回数を私が数えることもありません。限界を試す日ではなく、位置を確認する日です。
- 申し込んだあと、すぐに連絡が来るか気になっておられませんか。 稽古日の候補をお伝えします。その中から選んでいただき、日時が決まればそこで終わりです。それ以外の連絡はしません。案内が届き続けることを嫌がる方が多いことを、私は知っています。
- 体験の翌日、身体がどうなるか想像できますか。 太ももの前と、肩の後ろが張ります。三十代以降の方は、二日後に来ることもあります。この張りは、あなたが半年間どこを使っていなかったかの地図です。痛みではなく、情報として受け取ってください。
- 家族に何と説明すればよいか、迷っておられませんか。 「一回だけ見てくる」で構いません。実際、一回で終わっても私は困りません。困るのは、迷ったまま半年が過ぎて、その半年ぶんの記録が残らないことのほうです。説明は、行ったあとでも足ります。
- 平日と土曜、どちらで体験するか決めておられますか。 続けるつもりの曜日で来ていただくことをおすすめします。土曜に体験して、通うのは平日夜、では条件が変わります。実際に通う日の、実際の時間帯で、駅からの道を歩いてみてください。
- 申し込みのあと、あなたに何が起きるか整理しておきます。 稽古日の候補が届き、日時を選び、当日は動きやすい服とタオルで畳に上がる。立ち方と突きを一本。終われば解散です。その先を決めるのは、その日のあなたではなく、翌朝のあなたです。
追伸

私は三つの組織で、命令で身体を動かしてきました。自衛隊でも、警察でも、外人部隊でも、動く理由はいつも外から与えられました。それを失ったとき、私は何もできなくなりました。数か月、部屋から出ない日が続きました。あのとき欲しかったのは、強さではありません。火曜の夜に行く場所でした。
道場を開いたのは、あのときの自分のような人が、この街にもいるはずだと思ったからです。私がやりたいのは、強い人を育てることではありません。自分で決めたことを、自分で守れる人を、この街に一人ずつ増やすことです。稽古は、そのための道具にすぎません。
あなたは、弱くなったのではありません。行く場所を、まだ見つけていないだけです。